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冬眠心筋

[2022.09.19]

”冬眠心筋”という医学用語があります。長期間の血流低下の結果として、生きているけれども収縮していない心筋組織のことを意味します。冬眠心筋に対しては、血流を回復させると機能し始める、収縮をするようになると考えられています。高度の冠動脈病変(冠動脈とは心臓を養っている血管の事で、3本あります)があると冬眠心筋の割合が増加するため、その結果として心臓の収縮力が低下した病態を“虚血性心筋症”といいます。虚血性心筋症に対して、血流を回復させるとある程度、心機能も改善すると想定されています。事実、冠動脈バイパス手術は薬物治療に比べて、虚血性心筋症の生命予後を改善することが、明らかにされています(1)。

 

冠動脈の血行再建のもう一つの方法として、カテーテル治療=PCIがあります。冠動脈の狭窄した部分をバルーンまたはステント(金属製の筒)により拡張することによって、血流を回復させる治療です。PCIは冠動脈バイパス手術より低侵襲である利点があります。今回は、虚血性心筋症の患者さんに対して、標準的な薬物治療にPCIを上乗せすることにより、患者さんの予後が改善するか否かという重要な問題に関して、検討した報告を御紹介しましょう(2)。

 

対象は左室駆出率35%以下の虚血性心筋症の患者さんで(注:左室駆出率は心臓のポンプ機能の指標で、55%以上が正常値です)、PCI群:347例と薬物治療群:353例に分けられています。3.4年間(中央値)の経過観察を行い、その間の死亡や心不全による入院の頻度を比較しています。なお、両群ともに多枝病変(注:3本の冠動脈のうち2本以上に狭窄を認める病態)の頻度は89%と高率でした。

 

結果は当初の仮定(PCIを受けたほうが予後がよくなる)を見事に裏切りました。PCI群と薬物治療群の間で、死亡率(31.7% vs. 32.6%)および心不全による入院頻度(14.7% vs. 15.3%)ともに差はなかったのです。さらに、左室駆出率の改善度にも両群間での差異を認めませんでした。このことはPCIにより血流を回復させても必ずしも薬物治療の効果を上回る心機能の改善がなかったことを意味しています。

 

虚血性心筋症の患者さんに対して、PCIの効果を認めなかった理由の一つとして、とりわけリスクの高い人、すなわち心室性不整脈による突然死のリスクがある人には植え込み型除細動器が、心臓の収縮の時相のずれが大きい人には心臓再同期療法などのデバイス治療が、予め施行されていたこともあるでしょう。事実、除細動器を植え込んである患者さんでの除細動器の作動率は、薬物治療群で高率になっており、この方たちは除細動器が植え込まれていなかったら、高い確率で亡くなっていたと思われます。そして、もちろん近年の進歩した薬物治療の効果(心不全治療、危険因子の治療)も見逃すことはできないでしょう。

 

参考文献

  1. N Engl J Med 2016;374:1511-1520
  2. N Engl J Med. 2022 Aug 27. doi: 10.1056/NEJMoa2206606. Online ahead of print.
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