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天のひとりごと

[2022.05.23]

私はねこ。名は天。名の由来は”天上天下唯我独尊”と聞く。自由人である私にぴったりの名と気に入っている。耳がほんの少し折れ曲がっているところが特徴だ。歩くときは尻尾を直立させるように気をつけている。それは自分の心を読み解かれないようにするためだ。でも、時々、失敗して、つい尻尾を揺らしてしまう。怒りを抑えられない時に揺らしがちである。生誕してはや4年の歳月が過ぎ去った。人間に例えると32歳、さくらに例えると満開前といっていいだろう。私の生きる目的は、毎日、新しい世界を発見する、という壮大なものだ

 

ここで同居している夫婦の紹介をしておこう。夫君は近くのビルで人間相手のクリニックを営んでいる。毎朝、“行きたくなーい”と叫びながら、私に散々、ちょっかいをかけて、そそくさと出かけていく。迷惑千万な人である。時々、私に“天はジムウチョウになる?”と聞いてくる。ジムチョウがどんな職業なのかは知らないが、腹に一物ありそうなものいいなので、私はそっぽを向くことに決めている。最近、11年ぶりに投げ釣りを始めた。彼はコロダイハンターを自称し、長崎の海からコロダイが消えてしまうのではないか、と馬鹿な心配をするほどの腕前だったらしいが、今は見る影もない。寄船(西彼杵半島の北端)、池島、崎戸の海峡筋、伊王島と素敵な場所に行っているが、釣ってくるものといえば、イラ、1.4Kgのタコ、70Cmのマアナゴなどで、本来の目的魚(チヌ、コロ、マダイ)とは遠い生物ばかりだ。もっとも細君が湯引きにしてお相伴に与かることができるので、何かしらの海洋生物であれば、私に不満はない。キスを生のまま食べてみたいとは思うけれども。目的魚が釣れなくても、“今はリハビリ中”とか“新規ポイントの開拓中”というのが、彼の言い訳めいた口癖であるが、そのような後ろ向きの心構えでは、これからも連戦連敗が約束されているかもしれない。

 

細君の朝は早い。というか、私が毎朝、起床を促している。午前4時30分頃にまず顔面をなでるように猫パンチしているが、これで起きることは滅多にない。たいてい、本意ではないものの、脛をかじることになり、悲鳴とともに彼女は覚醒する。彼女は水曜日から金曜日の午前中はクリニックで仕事をしている。二人がいない間は、異常がないか、家の中を隈なくパトロールすることも私の重要な任務だ。時に5mmほどの小さな蜘蛛と遭遇することがあるが、そんな時は前肢で優しく転がして遊んであげる。もちろん、食べたりはしない。

 

人間は興味深い生き物であるが、宅に同胞がいない現在は、孤独を感じる時があることも事実である。岩合光昭氏のTV番組“世界のネコ歩き”に登場する同胞に、つい、声をかけてみたり、前肢を伸ばしてみたりしてしまう。そんな私だったが、最近、少しの環境変化が起こった。“かえで”が決まってお昼ごろに庭先に現れるのだ。そう、オレンジ色をしたきれいな同胞に私は、かえで、と名づけたのだ。窓こしに私とかえでは話をする。外の世界は大変なこともあるが、愉しいこともたくさんありそうだ。いつかこの私もかえでの仲間入りをして外の世界に飛翔するときがくるかもしれない。その時は夫婦にこっそり、別れを告げよう。

 

夜。車の音は夫君の車の音だ。彼の車は随分と古ぼけているので、エンジン音でそれとすぐに識別できる。私は玄関先まで出迎えることにしている。彼の機嫌がよくなって、デザートにありつけるからだ。今日はことのほか、機嫌がよく、“わしは、天のために働いとるとやけんね”などど、いつもの出まかせをいう。だとしたら、朝と夕の食事の質をあげてほしい、といいたい言葉をぐっと飲みこむ。私には分別があるからだ。夫婦は毎日、晩酌をする。特に田酒という日本酒が一番のお気に入りらしい。食事に合う酒、というのが細君の評価だ。興味半分に私もなめてみたことがあったが、めまいがしたので、それ以来、酒は一滴も口に含んでいない。彼は3年前にクリニックを開院する際に、週に1回は休肝日、を宣言していたが、開院してから酒を飲まなかった日はたったの1日である。意思の弱さに私はあきれている。

 

夜も更けてきた。細君は2階の寝室に入り、夫君はプロ野球ニュースをみながら、うたた寝している。ヤクルトスワローズが勝利し、村上様もホームランを打ったので、幸せな夢を見ているのかもしれない。私も夜のパトロールをして、窓際で風に吹かれて休むことにしよう。みなさん、おやすみなさい。

図1:岩合さんの猫と遊ぶ

 

図2:花と私

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