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心停止回復例に対する低体温療法 vs. 平熱療法

[2021.07.20]

2019年に救急搬送された心停止例は126,271例で、その生存率:6.9%という厳しい現実があります。また、救命されても深刻は脳のダメージによる後遺症が残る方も少なくありません。心肺蘇生法により自己の循環が回復した心停止例で、意識が回復しない患者さんに対する標準的な治療法として、低体温療法があります。2002年に昏睡状態の心停止回復例に対する低体温療法の有効性を示す臨床研究が立て続けにふたつ報告されました。そのうちの一つの論文では、低体温療法施行例では非施行例に比べて、身体的な後遺症をあまり残さずに回復できる頻度が高く(55% vs. 39%)、かつ、これは驚かされたのですが、死亡率も低かったのです(41% vs. 55%)。すなわち、低体温療法には脳保護効果だけではなく、救命効果も期待できることが示唆されました。

 

低体温療法での目標とする体温は、32~34℃で、深部体温(直腸や膀胱の温度など)を指標とします。冷却方法は体表面を冷却パッドで覆って冷やすタイプとカテーテルを挿入し、直接的に血液を冷却するタイプに大別されます。いったん治療を開始するとこれらの装置は設定温度までの冷却と維持を自動的に行ってくれます。低体温を行う期間は24時間で、その後、徐々に復温していきます。低体温療法における合併症は、高血糖、各種の不整脈、低カリウム血症、血圧低下、出血傾向、易感染性などさまざまです。

 

最近、低体温療法の効果に関して、疑問を投げかける論文が報告されました。この論文では1861人の心停止回復後の昏睡例を対象に、低体温療法(930例)と平熱療法(931例)の効果を比較しています。低体温療法での目標体温は33℃で、平熱療法では37.5℃でした。冷却装置の装着頻度は低体温療法群:95%で、平熱療法群:46%です。

 

結果は当初の予想(低体温療法が優れている)とは異なるものでした。発症から6か月が経過した時点での死亡率は低体温療法群:50%、平熱療法群:48%と同程度でした。さらに、深刻な身体的な後遺症を残した頻度も低体温療法群:55%, 平熱療法群:55%と違いを認めませんでした。一方、血圧などに悪影響を及ぼす不整脈の出現頻度は、低体温療法で高率でした(24% vs. 17%)。

 

平熱療法に比べて、体温を非生理的なレベルまで低下させても、得られる効果はない、という点がこの論文の要点でしょう。私も過去に30例以上に低体温療法を行った経験がありますが、脳機能がめざましく回復した方は、低体温療法の効果よりも、結局、発症から蘇生に成功する時間がごく短かった方が殆どであったように思います。一方、心停止回復後の昏睡患者さんに関しては、通常の薬物治療を行っても、なかなか解熱することなく38℃以上の発熱が持続する方がたくさんおられます。そのような患者さんに対して、平熱療法が生命と脳の予後を改善しうるか、という問題の解明が今後の課題と考えられます。

 

参考文献

  1. N Engl J Med 2002; 346:549-556
  2. N Engl J Med 2002; 346:557-5563
  3. N Engl J Med 2021; 384:2283-2294
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