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”雪の浦のキス釣りおじさん”

[2022.07.04]

私には、私が釣りの師匠と尊敬している人が二人います。そのうちの一人が“雪ノ浦のキス釣りおじさん”です。雪の浦海水浴場はウミガメも産卵にくると謳われている、外海に向かって開いたきれいな砂浜です。もっとも急に深くなるという特徴と潮力も強いという特徴があるので、子供を遊ばせるなら、波打ち際限定が無難でしょう。

 

もう30年ほど前、雪の浦には家族でしばしばキス釣りに行っていました。一説では私が無理やり釣りに家族を連行したという噂もありますが、その辺の私の記憶は曖昧です。キスはその可憐ないでたちから“海の女王”とも呼ばれ、身の丈は15-20Cmであることが多い魚ですが、その大きさには似合わず、竿先に明確なあたりを伝える点が、多くの釣り人の心を揺さぶります。25Cmを超すサイズでは、三脚に立てた竿を引きずるほどのあたりをみせ、驚かされることもあります。

 

さて肝心のキス釣りですが、最初の頃は数時間、粘っても、全くキスの顔をみることはできませんでした。その頃はただ気分がいいから、という理由で、浜の中央に構えて、大海原に向かって仕掛けを投入していました。いってみれば、キスの気持ちになって考えていない釣りだったのです。ある日、今日もゼロ匹の傷心を抱えて帰途についていた時、浜の右手、磯場の近くで、ぽんぽんとキスを釣り上げている小柄な老人の姿が目に留まりました。麦わら帽子をかぶり、腰に手拭いをひっかけて、見事に釣り焼けした方でした。

“こんにちは“、と声をかけてみました。”よく釣っていますね。”

“なんね。ああたは、どこから来たとね”

“長崎市内です。全然、釣れませんでした。”

“どこで釣りよったとね。”

“あそこです。”、と浜の中央を指さす私。

“あがんとこで、投げてもだめたい。おいは暇やから、毎日、釣りにきよっけんね。このあたりのことはよう知っとっと。よか時は100匹くらい釣ることもあるばい。かあちゃんは、あんまし喜ばんけどね”

“100匹もどんなにして食べているのですか?”と驚愕した私の問いかけ。

“かまぼこにすっとさ”

かまぼこ?なんだかもったいないような気がする私。

“この場所がポイントなのですか?”と核心の質問。

“そうたい。あそこに岩の二つ見えるやろ”、と波間に見え隠れする岩を指さす老人。

”その間をめがけて投げれば、よかとよ。あんまり遠投せんでもよかけん。40-50mくらいや。“

そう、それを聞きたかったのです、というわけで、その後も私はできる限り雪の浦にキス釣りに行きましたが、第一ポイントにはいつも“キス釣りおじさん”が定住していました。私はたいていその横で釣らせてもらいましたが、以前の悲惨な状況から抜け出し、ぽつぽつキスを拾うことができるようになりました。型も20-25Cmと比較的にいい型のキスが多く、私は雪の浦サイズと呼称していました。地形が平坦な砂浜では釣れず、磯場近くの砂浜で釣れるということは、キスは地形の変化があるところを餌を求めて回遊する習性があるのだと思います。いや、キスに限らず、地形変化は釣りの肝、は“雪の浦のキス釣りおじさん”から私が学んだ法則でした。

 

私が釣りに興じている間、連行された子供は磯場でカニを探したり、砂浜で石を集めたりしていました。ある日、波打ち際に迷い込んできたヤリイカを子供が追い回し、ついに捕獲してしまいました。なんて間抜けなイカ。記念にバケツに海水を入れ、蓋をして持ち帰りましたが、帰りの車の中でイカがどんどんと蓋を突き上げていました。その日の夕食が、釣り立てのキス+なぜか子供に御用となったヤリイカという豪華なものになったのは、いうまでもありません。

 

最初にお会いしてから、数年ほどして、浜で“キス釣りおじさん”の姿を見ることはなくなりました。私も夜の投げ釣りにスタイルを変更してから、キス釣りをしなくなりましたが、今年は想い出の雪の浦海水浴場、それも磯場の近くではなく、河口近くの堤防でキスを狙ってみようと思っています。

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