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心不全でまた糖尿病の薬が活躍-ESC2023より-

[2023.09.17]

2023年のヨーロッパ心臓病学会で発表され、同時に学術誌ニューイングランドジャーナルオブメディシン(NEJM: The New England Journal of Medicine)に掲載された論文のうち、すばらしさの中でも特にすばらしくいな、と私が思った2-3の論文を今後、ご紹介していこうと思います。

 

心臓のポンプ機能(収縮力)が保たれているにも関わらず、息切れやむくみなどの心不全症状を示す病態があり、HFpEF(Heart Failure with Preserved Ejection Fraction)と呼称されています。HFpEFの予後を改善させる薬としては、経口糖尿病薬として開発されたエンパグリフロジン(商品名:ジャディアンス)に唯一、保険適応があります。

 

このように治療の選択肢の狭いHFpEFに新たな薬物治療の可能性を示唆する臨床研究:STEP-HFpEF試験が報告されました。その薬の候補はGLP-1受容体作動薬(注1)に属するセマグルチドです。STEP-HFpEF試験では肥満を伴うHFpEFの患者さんを対象に52週間の経過観察を行い、セマグルチド投与群:2363例と非投与(偽薬投与)群:266例を比較して、下記のことが明らかとなりました。なお、対象患者さんから予め糖尿病の方は除外されています。

 

  1. セマグルチド投与により心不全の症状が改善し、また、身体活動の制限も小さくなりました。また、セマグルチドにて-13.3%の体重減少が得られたのに対して、偽薬では-2.6%とセマグルチドによる体重減少効果が大でした。
  2. 6分間での歩行距離もセマグルチドで5mの伸長を認めたのに対して、偽薬投与群では1.2mであり、その差は20.3mでした。
  3. 炎症所見(心不全でも炎症の指標であるCRPが上昇することが知られています)の改善もセマグルチド群で大でした。また、心不全の指標の一つであるNT-pro BNPもセマグルチド群でより低下しました(-20.9% vs. -5.3%)
  4. また、副次的な検討項目ではありますが、心不全による入院は偽薬投与群:12例に対して、セマグルチド群ではわずか1例のみでした。

 

上記の結果により、肥満を伴うHFpEFに対するセマグルチドの投与は、体重を減少させ、心不全による症状と身体的な制約および運動機能(6分間歩行距離)を改善させました。また、NT-pro BNPの低下は心臓へのストレスを軽減させていることを示唆しています。

 

今後はセマグルチドにより患者さんの予後(死亡、心不全による入院など)の改善が得られるかどうかということが最も重要なポイントになってくるかと思います。また、非肥満例での効果の検討も重要でしょう。

 

この研究の対象患者さんの体重と肥満度指数(BMI)の中央値はそれぞれ105.1Kg, 37.0 Kg/m2であり、高度肥満例を多く含んでいます。一方、日本人のHFpEFでは高度肥満例はむしろ少ないため、日本人に適合したセマグルチドの臨床試験が必要かもしれません。

 

(注1): GLP-1受容体作動薬は食事に応じて(血糖値に応じて)、インスリン分泌を促す作用と血糖値を上昇させるグルカゴンというホルモンの分泌を抑制する効果を介して、血糖値を低下させます。

 

参考文献

N Engl J Med. 2023 Aug 25. doi: 10.1056/NEJMoa2306963. Online ahead of print.

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