聴診器
私が診療中に必ず携行しているものーそれは聴診器です。聴診器は私にとっての必須アイテムであり、たいてい頸廻りにかけ、いつでも聴診できるようにしています。患者さんの話を訊く→聴診する→血圧を測定するという一連の流れを診察の基本としているため、うっかりどこかに置き忘れたりしていると、それが見つかるまで、大変、狼狽してしまいます。
実際、聴診はかなり有用なのです。心雑音を例にとります。大きな収縮期雑音(Levine分類での3度以上)では器質的な心疾患を疑う必要があり、拡張期雑音や連続性雑音(収縮期から拡張期にわたって聴取される雑音)は器質的な心疾患の存在を意味します。最近の特徴のひとつとして、大動脈弁狭窄症の患者さんの増加があげられます。大動脈弁の変性過程(弁の硬化、肥厚、石灰化など)は動脈硬化に類似し、加齢と密接に関連しているためです。大動脈弁狭窄症の心雑音は収縮期雑音で、音質は低調であり、収縮中期~後期にピークを形成します。大動脈弁狭窄症を見落とさないためにも普段の聴診が大切、と心がけています。また、突然の心雑音の出現は急性の弁膜症の出現を示唆します。
昨年、私が長崎みなとメディカルセンター心臓血管内科に勤務していた頃、研修医が“Aさん(急性心筋梗塞の患者さん)が、朝からきつそうで、昨日、聞こえなかった心雑音が聞こえます”、と報告してきました。心エコーを行ったところ、心筋梗塞に伴う乳頭筋断裂による急性の高度な僧帽弁閉鎖不全症を認め、この患者さんは緊急手術により救命されました。毎日の聴診が診断のきっかけとなり、迅速な治療に直結した典型的な患者さんでした。
お盆の前の外来の風景。採血の結果をききにこられた患者さんにその説明し、その後、血圧測定をして、お帰り頂こうとした処、“診察はしないのですか”といわれました。採血の結果の判定くらい機械でもできるので、ちゃんと診察してもらいたい、という要望でした。その後、聴診し、特にお変わりない旨を告げると安心して帰られました。患者さんから教えられることは実に多いです。聴診器は診断だけではなく、聴診器を介して患者さんとお話をするという一面も確かにあるように思います。