入浴中の突然死
野村克也氏が入浴中に突然死しました。野村氏は野球人として卓越していただけではなく、人間の真実に迫る含蓄のある言葉をたくさん残されてきました。今回はSuzukiら(1)の総説と入浴中の血圧・脈拍の変化と自律神経機能を検討したNagasawaら(2)の論文を基礎に、入浴中の突然死について、考えてみたいと思います。
疫学:日本では約19000人もの方が入浴中に突然死されています。これは2019年の交通事故死亡者数:3215人の約6倍ですから、思いのほか、たくさんの方が入浴中になくなっていることになります。そして、殆どの突然死は浴槽の中で、起こっていることも特徴です。突然死の発生頻度は季節によって顕著な差異があります。冬季(12月~2月)は夏季(6月~8月)に比べて、6.9倍の突然死のリスクがあります。年齢別では主として60歳以上の方に入浴中の突然死が発生しています。すなわち、低い気温と高齢は入浴中の突然死の危険因子と考えられます。
基礎疾患:亡くなった方の病理所見では、55%に心血管疾患または脳血管疾患を認め、特に心臓を養う冠動脈の狭窄または心拡大を認める頻度:44%と最多でした。溺水の頻度も72%と高率です。また、血液検査の結果から、アルコールの過飲や向精神薬の過量服薬が疑われる例も少なくありませんでした。
入浴温度と体温:44℃の湯に10分間つかると体温は40℃まで上昇するのに対して、40℃の湯での体温の上昇は緩徐でした。さらに、熱い湯では高次脳機能が低下することも知られています。
入浴中の血圧、脈拍、自律神経機能:Nagasawaら(2)は40℃の湯に10分間浸かった場合の血行動態と自律神経機能を高齢者と若年者で比較しています。高齢者では浴槽に入った直後に心臓の仕事量(収縮期血圧×脈拍数)の急激な増大を認め、これは収縮期血圧と脈拍数がともに増加したためです。自律神経活動はどうでしょうか?副交感神経の活動が高まると心拍数と血圧を低下させます。交感神経はその逆の作用を示します。高齢者では若年者に比べて、入浴中の交感神経の活動が低下し、副交感神神経の活動が優位になっています。すなわち、入浴中の高齢者の副交感神経優位の自律神経活動は徐脈や血圧低下を招きやすい状態といえます。
突然死のメカニズム:突然死が浴槽のなかで殆ど発生していること、および約1/3の方で確たる病気がみとめられなかったことから、器質的要因と機能的要因に死因は大別されるでしょう。器質的な要因としては入浴直後の心臓の仕事量の急激な増大による急性心筋梗塞の発症、狭心症発作の誘発による突然死が考えられます。また、脳血管疾患により体の自由が奪われることによる溺水も考えられるでしょう。機能的要因としては、副交感神経の活動の高まりによる低血圧による意識障害→溺水が考えられるように思います。アルコールや向精神薬は低血圧や意識障害をさらに促進する方向に働くと思われます。
入浴中の突然死の予防:Suzukiら(1)の意見を参考に予防法に関して、列挙してみます。
- 湯の温度は40度前後で。
- 浴槽に入る時間は5分以内としましょう。
- 浴槽から立ち上がる時はゆっくり立ち上がりましょう。
- 心臓病や脳血管疾患などの持病がある方、体が不自由な方に対しては、異変がないかご家族が注意してあげましょう。場合によっては(ふだん歩くのもやっとな方など)、入浴そのもののサポートすることも必要かと思います。
- 入浴前の飲酒や睡眠薬の内服は避けましょう。
- 入浴に伴う心血管疾患発症を予防するため、ふだんから高血圧、糖尿病などの生活習慣病を適切にコントロールしておきましょう。
野村監督には野球に関して、人間に関して、さまざまな新たな視点を提供して頂きました。心より感謝とご冥福をお祈り申し上げます。
参考文献
- J Gen Fam Med 2017; 18:21-26.
- Jpn Circ J 2001;65:587-592.