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肺高血圧症ーつば九郎さんを偲んでー

[2025.05.06]

2025年2月16日、つば九郎さんが肺高血圧症で亡くなりました。燕ならぬペンギンのようなお茶目な外観と動作、風刺の効いたコメントなどで、球団マスコットの枠を超えて、ヤクルトスワローズの顔といえる存在だったつば九郎さんの命を縮めた肺高血圧症に関して、今回は説明したいと思います。

 

全身の臓器を潅流してきた酸素分圧の低い静脈血は右心房→右心室→肺動脈と進み、肺でガス交換を行って、酸素分圧の高い動脈血となって、肺静脈を介して、左心房へ流れ込み、左心室から大動脈→全身の臓器へと駆出されていきます。すなわち、肺動脈という名称ではありますが、肺動脈を流れる血液は静脈血です。図1を御参照下さい(肺高血圧症ってなに?|どんな病気?肺高血圧症|持田製薬株式会社)。平均肺動脈圧の正常範囲:10-18 mmHgとされています。平均肺動脈圧 > 20 mmHgが肺高血圧と定義されています。

図1:心臓と血管の図

 

2018年に行われた第6回肺高血圧症国際会議で、肺高血圧症は下記の五つのタイプに分類されています。

  1. 肺動脈性肺高血圧症:特発性、遺伝性、薬剤誘発性、膠原病、HIV感染など。
  2. 左心系疾患に伴う肺高血圧症:弁膜症、陳旧性心筋梗塞、拡張型心筋症など。
  3. 呼吸器疾患または低酸素血症による肺高血圧症:肺気腫、2500m以上の高地に住む人
  4. 肺動脈の閉塞による肺高血圧症:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)など。
  5. 多因子による、あるいは不明な機序による肺高血圧症:血液疾患、慢性腎不全など。

肺動脈の構造変化としては、血管壁の肥厚、血管平滑筋や線維芽細胞の増生、およびリンパ球などの炎症細胞の浸潤などがあり、その結果として肺動脈の内腔の狭小化や閉塞を生じてきます。肺高血圧症によって直接的に負荷を受ける心臓の部屋は肺動脈につながる右心室で、右心室の肥大と拡張、繊維化、脂肪沈着が起こってきます。

 

肺高血圧症の特徴的な症状はありません。労作時息切れ、疲れやすい、胸痛、浮腫などがしばしば認められる症状で、重症例では失神を伴うこともあります

 

肺動脈性肺高血圧症の治療はこの20年間で大きな進歩を遂げ、極めて不良であった肺動脈性肺高血圧症の予後も改善されてきています。治療ターゲットとなる経路は下記の三つがあります。

  1. エンドセリン-1経路:エンドセリン-1は強力な血管収縮物質です。その受容体をブロックすることにより、血管収縮の抑制効果と細胞増殖の抑制効果を示します。
  2. プロスタグランジンI2(PGI2)経路: PGI2は血管拡張作用を示します。肺高血圧患者ではPGI2の産生と効果が減弱していることが知られています。治療薬としてはPGI2誘導体やPGI2受容体の刺激薬があり、血管拡張作用を発揮します。
  3. 一酸化窒素(NO)経路:NOは可溶性グアニル酸シクラーゼを介して、血管拡張作用を示します。可溶性グアニル酸シクラーゼを分解する酵素(PDE5)の働きを阻害する薬も肺動脈性肺高血圧症の適応があり、血管拡張作用が主な効果となります。

 

肺高血圧症に関してのクリニックの役割は、その早期発見につきると思います。息切れやむくみを認める患者さんを診察する際は、必ず心電図を記録し(右心室、右心房への負荷の所見がないか)、胸部X線を撮影し(心拡大や肺動脈の拡大がないか)、NT-pro BNPまたはBNPを測定する(心負荷の所見がないか)ように心がけています。

 

つば九郎さんが肺高血圧症という病を抱えながら、それとプロ野球ファンに察知されることもなく、球団マスコットという激務をこなされてきたことは、驚異的で、畏敬の念を抱きます。つば九郎さんは唯一無二の存在なので、例え神宮球場につば九郎の着ぐるみが復活したとしても、その人はつば九郎ではない、と私は思ってしまうでしょう。

図2:さようなら、つば九郎さん

 

 

参考文献

N Engl J Med 2021;385:2361-76

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