新型コロナウイルス感染症のアウトライン3
終息に向かうかに思えた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は再び感染の勢いを取り戻し、東京や福岡のような大都市のみならず地方都市でも1日の感染者数が過去最高を記録するなど懸念される状況に至っています。湿度の高い梅雨の時期での感染拡大はインフルエンザと異なり、季節性に乏しい感染症ではないか、と疑われます。アメリカの医学雑誌であるJAMAオンライン版の論文にCOVID-19に関する現在の知見が集約されていましたので、若干の私見もまじえながら、要点をご紹介したいと思います。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染機序:新型コロナウイルスの感染の初期に標的となる細胞は、鼻腔と気管支の上皮細胞と肺胞上皮細胞です。ヒトの細胞のACE2受容体に結合して、細胞内に入りこみ、増殖します。ある種の降圧薬はACE2受容体を増加させるため、感染のリスクと重症化のリスクを高めるのではないかと懸念されていましたが、現在、この心配は払拭されています。感染がより進行するとウイルスは肺の毛細血管内皮細胞に感染し、さまざまな炎症細胞の浸潤や炎症を促進する物質の分泌を介して、炎症性の肺水腫を招き、呼吸不全の原因となります。COVID-19の重症例では、広範な血管内凝固を起こし、深部静脈血栓症、肺塞栓症、脳卒中、心筋梗塞などの血管障害を合併してくることもあります。
感染様式:最も頻度が高く、主役を担っている感染様式は、飛沫感染です。飛沫は会話、咳、くしゃみなどで生まれます。感染者と15分以上、対面して接した時は、感染リスクが高まります。感染者に咳などの症状がある場合は、より短時間での接触でも感染のリスクが高くなります。多人数での飲み会などはコロナ時代には禁忌と思われ、おそらく今年は忘年会の開催は絶望的でしょう。2番めに頻度の高い感染様式は接触感染です。ウイルスで汚染されたドアノブ、フォークやナイフなどの食器類、衣類に触れることで感染します。一時期、エアゾル感染も話題になりましたが、実際の感染において、どの程度の比重をしめるかに関しては、はっきりしていません。著者らは対面による飛沫感染の役割が最も大きいことを、重ねて強調しています。
感染時期:上気道におけるウイルス量は症状が出現してくる時期に最大となります。一方、やっかいなことに、ウイルスの排出、拡散は症状が出現する2〜3日前から、始まっています。中国およびシンガポールの研究では、すべての感染者のうち症状がない感染者から伝染した頻度は、48〜62%にも達するという驚くべき結果でした。このことは症状のある感染者の隔離だけでは、感染の拡大を防ぐことは困難で、より広く検査の網を広げた方が、感染の連鎖を断ち切る確率が高いことになります。人間の眼から見るとまったくもって、狡猾なウイルスといえるでしょう。
臨床所見:入院を要するようなCOVID-19の患者さんのうち、年齢に関しては50才以上の人の割合は3/4以上であり、また、60-90%の患者さんが内科的な疾患を予め持っていました。それらは頻度の高い順番から、高血圧、糖尿病、心血管疾患、慢性肺疾患の順になっています。
症状:代表的な三症状は、発熱、痰をともなわない咳、そして息ぎれです。味覚または臭覚の異常も高率に認められます。他の症状は、易疲労、脱力、嘔吐などの消化器症状です。
COVID-19の合併症:入院が必要となったCOVID-19 患者さんのうち、75%の方に肺炎を、15%に急性の重症呼吸不全(ARDS)を認めました。また、心筋障害も7〜17%の患者さんに認めています。この論文では述べられていませんが、心筋障害を合併したCOVID-19患者さんの予後は、合併していない方に比べて、死亡リスクが高くなることが知られています。
PCR:毎日、PCR検査はCOVID-19の確定診断のための検査として広く知られるようになりました。それはウイルスなどの病原体の遺伝子(核酸)を増幅して、病原体の微量な遺伝子でも検知しようとする方法です。陽性率は病期(発症してからの時間)および検体の種類(例:喀痰の方が鼻腔ぬぐい液よりも感度が高くなります)により、大きく異なってきます。PCRでの偽陰性の頻度(感染しているのに、検査が陽性とならない頻度)は、20%から67%まで達すると述べられており、思いのほか高率でした。
新たな治療の模索:酸素投与、人工呼吸器による低酸素血症の治療に加えて、抗ウイルス作用を有する薬や過剰な免疫応答を抑制する薬の模索が続いています。これまでの処、抗ウイルス薬としてレデシビルの効果が、免疫制御薬としてデキサメサゾンの効果が、それぞれ確かめられています。
- レムデシビル:RNAポリメラーゼ阻害薬で、ウイルスの複製を抑制する薬です。下気道の症状を認める1063人のCOVID-19患者を対象とした臨床試験では、レムデシビルの投与は回復に要する期間を、15日から11日へ短縮させました。死亡率を減少させる効果は明らかではありません。
- デキサメサゾン:デキサメサゾンは副腎皮質ホルモンであり、免疫や炎症を抑える効果があります。RECOVERY試験において、デキサメサゾンを投与した2104例の死亡率:21.6%に対して、非投与4321例の死亡率:24.6%であり、デキサメサゾンにより死亡リスクを17%低下させることができました。興味深いことに、デキサメサゾンの効果は、症状が7日間以上続いた患者さん、および人工呼吸器の装着が必要な患者さんにおいて、より顕著でした。症状の持続期間が短く、酸素投与を必要としなかった患者さんでは、無効(おそらく有害)でした。このことはCOVID-19の初期はウイルスの増殖による組織障害が、感染後期は不適切な免疫応答などが病態に関与していることを示唆しているようにも思います。
感染予防のための公衆衛生:公衆衛生上、感染予防のために有効と思われる方法は、1918年のスペイン風邪の流行の頃の方法と変わりはありません。それらは感染者の隔離、多人数での集会の回避、旅行の制限、他者と適切な距離をとることなどです。これらの原則に照らせば、旅行を促進する政策は、感染を拡大させることはあまりにも明らかです。
参考文献
JAMA. Published online July 10, 2020. doi:10.1001/jama.2020.12839