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ヘモグロビンA1C伝説ー心臓病を合併した糖尿病の治療ー

[2021.04.27]

糖尿病は1型糖尿病と2型糖尿病に分類されます。1型糖尿病はインスリンが絶対的に欠乏している病態で、インスリンの投与が必須です。2型糖尿病は糖尿病患者の90-95%を占めていて、インスリン抵抗性(インスリンの効果が通常より低下している状態)を基盤に、インスリンの適切な分泌が低下していく病態です。必ずしも2型糖尿病は進行性の病気ではなく、減量や運動などにより薬物治療が不要になる方、薬の用量や種類をへらすことができる方も一定数おられます。

 

糖尿病の治療に関しては、ヘモグロビンA1C(注1)がコントロールの指標のひとつとなります。ヘモグロビンA1Cは過去1-2月の平均血糖値を反映し、正常値は4.6-6.2%です。一般的な治療の目標値は7.0%未満です。すなわち、糖尿病による細小血管障害(網膜症、神経障害、腎症)および大血管障害(脳血管障害、心筋梗塞など)の合併を予防するためには、ヘモグロビンA1Cを7.0%未満になるように血糖コントロールを行いましょう、ということです。

ヘモグロビンA1Cが同じように低下すれば、同じように心血管疾患の予防ができるのでしょうか?現在の知見では、その答えは“否”となると思います。糖尿病薬の種類により、心血管疾患の予防効果は明らかに異なるのです。

 

数年前までは糖尿病の治療を比較的に強力に行っても、細小血管障害の予防効果(合併頻度を減らす効果)は早期から認められますが、大血管障害の予防効果が明らかになるまでは、10年以上の時間を要すると考えられていました。その通説を覆した論文が2015年に発表されました。EMPA-REG outcome試験です。SGLT2阻害薬という経口糖尿病薬があります。尿細管での糖の再吸収を抑え、血糖値を低下させる薬です。私は最初、この薬は動脈硬化性疾患には適さないのではないか?と疑っていました。尿中の糖が増える→尿の浸透圧の上昇→脱水傾向になる→血栓を作りやすくする懸念がある、と考えていたのです。EMPA-REG outcome試験では心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患がある人を対象に、エンパグリフロジンを投与した群と非投与群とを比較し、心血管疾患の発生頻度、死亡率などを検討しています。そして、エンパグリフロジン投与群では非投与群に対して、心血管疾患による死亡を38%、心不全による入院を35%、何らかの原因による死亡を32%もそれぞれ低下させたのです。驚嘆すべき結果であり、それもたった3.1年(中央値)と短い経過観察期間で実現できた点も驚きを倍加させました。SGLT2阻害薬のこの良好な効果は他のいくつかの臨床試験でも確かめられています。さらに、SGLT2阻害薬のひとつであるダパグリフロジンは糖尿病のない心不全患者さんに投与しても、心不全による再入院を抑制することから、収縮力の低下した心不全患者さんの治療薬としても注目されています。

 

もうひとつ心血管保護効果がある薬として、GLP-1受容体作動薬(刺激薬)があります。GLP-1は消化管から分泌されるホルモンで、ブドウ糖濃度が高くなると膵臓に働いてインスリンの分泌を促します。低血糖のリスクは低い薬です。心血管疾患の有する2型糖尿病患者さんで、非致死的な心筋梗塞、非致死的な脳卒中、および心血管死を併せた発生頻度を、GLP-1受容体作動薬のひとつであるリラグルチドは13%、セマグルチドは26%、低下させています。GLP-1受容体作動薬は体重も低下する傾向があるため、特に肥満のある心臓病患者さんにはいい適応かもしれません。今までGLP-1受容体作動薬は注射薬のみでしたが、2021年の2月5日よりセマグルチドの経口薬が処方できるようになっています。この経口薬が注射薬と同等の心血管保護効果があるかどうかについては、さらなる検討が必要でしょう。

 

SGLT2阻害薬もGLP-1受容体作動薬はともに高価でるため、すべての心血管病を合併した糖尿病患者さんに投与する事は現実的ではない、と思います。メトホルミン(昔からある薬で、肝臓での糖新生の抑制効果やインスリン抵抗性を改善する効果もあります。安価です)にもエビデンスレベルは弱いものの心筋梗塞の発症予防効果があることから、まずはメトホルミンを基本に、コントロール不良例ではSGLT2阻害薬もしくはGLP-1受容体作動薬を追加するという段取りになるでしょう。もうひとつ。ヘモグロビンA1Cは糖尿病における心血管疾患の発症を予測する指標としては鋭敏ではないため、より感度の高い指標の開発、発見が待たれるところです。

 

ヘモグロビンA1C(注1):全ヘモグロビンに対する糖化ヘモグロビンの割合。

 

参考文献

  1. N Engl J Med 2015; 373:2117-2128.
  2. N Engl J Med 2017; 377:644-657.
  3. N Engl J Med 2019; 381:1995-2008.
  4. N Engl J Med 2016; 375: 311-322.
  5. N Engl J Med 2016; 375: 1834-1844.
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