安定型冠動脈疾患に対する冠血行再建
急性心筋梗塞に対するカテーテル治療(PCI:注1)は、急性心筋梗塞患者の生命予後を劇的に改善し、その院内死亡率は5-6%まで低下しています。心筋梗塞による心原性ショックが死亡の主な原因で、心破裂がこれに続きます。図に左冠動脈主幹部閉塞に対するPCI前、PCI中、PCI後の写真を示しています。
一方、安定型冠動脈疾患(安定型狭心症、陳旧性心筋梗塞)に対するPCIの生命予後の改善効果、あるいは急性心筋梗塞の発症予防効果に関しては、今まで、疑問符がつけられていました。2020年4月9日に発表された論文(ISCHEMIA試験)では、冠動脈血行再建(PCIまたは冠動脈バイパス手術)+薬物治療が薬物治療単独に比べて、患者さんの予後に関して、よい効果を与えるかどうか、とう点を検討しています。
研究の対象は中等度以上の心筋虚血(注2)を認め、かつ、心機能(収縮力)が保たれ、中等度以上の心不全の合併がない5179名の患者さんです。そして冠血行再建群:2588例と薬物治療単独群:2591例の間で、経過観察期間(中央値:3.2年)の予後を比較しています。主要な結果は以下の通りです。
- 主要評価項目である心血管病による死亡、急性心筋梗塞発症、心不全または不安定狭心症による入院、あるいは蘇生に成功した心停止のいずれかが発生する頻度は、冠血行再建群:4%, 薬物治療単独群:18.2%でほぼ同等の頻度であり、統計的な差異を認めませんでした。
- 急性心筋梗塞が発生する頻度は、冠血行再建群:3%, 薬物治療単独群:11.9%で、やはり差異を認めませんでした。
- 総死亡率も2群間での差異を認めませんでした (9.0% VS. 8.3%)。
これらの結果からは薬物治療と冠血行再建の併用が薬物治療単独に比べて、冠動脈疾患患者の予後をさらに改善させるわけではない、と結論づけるには、注意が必要です。冠血行再建群ではたしかに最初の治療に伴う急性心筋梗塞の発生頻度(手技に伴う心筋梗塞:注3)が高くなりますが、その後の心筋梗塞の発生は抑制されています。また、急性心筋梗塞の累積発生頻度のグラフをみると3年め以降では、薬物治療単独群の方が心筋梗塞の累積発生頻度が高くなっており、かつ、その差は4年、5年と拡大傾向を示しています。すなわち、経過観察期間がさらに長くなると冠血行再建の利点が明らかになる可能性もあるように私は思いました。なお、冠血行再建のうちPCIと冠動脈バイパス手術のそれぞれの治療成績は示されていません。
安定型冠動脈疾患患者に関して、ライフスタイルの改善(十分な睡眠、禁煙、運動など)と最適な薬物治療(LDLコレステロールを低下させる、血圧をコントロールする)が長期的な予後を改善させるための前提であることは、間違いないでしょう。
注1:PCIは狭窄または閉塞した冠動脈病変をバルーンカテーテル、あるいは冠動脈ステント(金属製の筒で、柔軟な網目構造をしています)により拡張し、血流を回復させる治療です。約90%の頻度で、最初にバルーンで病変部位を拡張し、ステントを留置する流れになります。
注2:冠動脈病変により血流は低下する結果として、心臓の筋肉が酸素不足に陥ることを、心筋虚血といいます。一般的に中等度以上の心筋虚血とは、心臓の10%以上の領域で心筋虚血を認めることをいいます。
注3:PCIでは冠動脈の本幹から分岐する枝の閉塞や病変部位の拡大に伴って、動脈硬化巣の血栓やコレステロールが遊離し、末梢を閉塞することにより急性心筋梗塞を合併することがあります。
参考文献
N Engl J Med 2020; 382:1395 - 1407